2016年09月28日

1960年代初頭の「和製ポップス」ブーム期、日本では伊東ゆかりさんのカヴァー邦題「恋の売り込み」でヒットした、エディ・ホッジスの「 I'm Gonna Knock On Your Door」









まあ、エディ・ホッジスと言っても、2016年現在、リアルタイム思春期だった還暦前後から70才ぐらいの方でも、まーず知ってる人はいないと思いますが、伊東ゆかりさんの「恋の売り込み」と言って、曲を聴かせたら、おぼろげにわかる方は多々いるかものナンバー!。

↑こちらはそのエディ・ホッジスヴァージョンですが、1970年代初頭、日本でも女性人気が高かったオズモンズブラザーズのジミー・オズモンズもカヴァーしていたので、彼等のファンで、2016年現在、60才前後の女性なら知ってる曲かもですね。

1961年にエディ・ホッジスが歌いヒットし、当時の日本は和製ポップス(洋楽メロディに日本語詞をのせるそれ)全盛期でしたので、伊東ゆかりさんのカヴァーでヒットしたこの曲、元々は古のソウル、ファンク、R&Bファンにはお馴染み!、アイズレー・ブラザーズが1959年に発表した曲で、こちらが↓そのヴァージョン。



まあ、アイズレー・ブラザーズが日本で認知度が広まるのは、ザ・ビートルズでお馴染み「ツイスト&シャウト」をやっていたグループとしての1964年以降なので(ザ・ビートルズの日本でのレコードデビューは1964年なので)、リアルタイム伊東ゆかりさんがカヴァーした時、アイズレー・ブラザーズを知ってる人は、おそらく日本では殆どいなかったと思われます。

よって、この曲はやはり日本人にとっては伊東ゆかりさんのヒット曲なんですね、、、。







posted by 麻呂 at 18:14| 和製ポップスヒット 原曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月01日

1964年東京オリンピックの年、ジュリー・ロンドン来日時の「バイバイ・ブラックバード」(Bye Bye Blackbird)









R&R、オールディーズファンには有名な「ルート66(Route 66)」の作曲家、ボビー・トゥループをご主人にもつジュリー・ロンドンの、ジャズファンにはお馴染み中のナンバー「バイバイ・ブラックバード」(Bye Bye Blackbird)。

このYouTube映像&音源、1964年東京オリンピック開催の年の、TBSが放映した『The Julie London Show』、日本でのもののようですね。

当サイトでも再三再四触れておりますが、ロカビリーブームがって和製ポップスブームがあっただけでは1960年前後の「ジャパニーズグラフィティ」は語れないわけで、そこには同じようにジャズやラテン、ハワイアン、イタリア、フランスの欧州系のポップスも入っており、当サイト運営者が幼少時、TVでは普通に歌謡芸能の世界の方々が、アメリカンポップスもジャズも欧州系ポップスも分け隔てなく歌っておりました。



ジュリー・ロンドンは、R&Rファンには有名な1957年の映画「女はそれを我慢できない」にも出演しており(元々は女優)、当時はジャズ歌手が流行りのロックンローラー達と同じ映画にでており、当サイトの主旨でもあります、R&R、R&B、ブルース、そしてオールディーズはジャズと密接な関係にあったと言えます。

そして日本でもジュリー・ロンドンは、とても当時は人気の高い歌手であった事は、来日時TVで特集番組を放映していたのですから、後世の人達でもわかると思われます。

【早い者勝ち!】 あなたのお名前、残ってる?


posted by 麻呂 at 06:53| JAZZ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月21日

リアルタイムで、ザ・ビーチボーイズの 「ダーリン」(Darlin')を知ってる日本人は殆どいなかった



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1967年に発表されたザ・ビーチボーイズのアルバム「ワイルド・ハニー」に収録されていた、「ダーリン」(Darlin')ですが、リアルタイムの日本でこのアルバムを持っていた人、 「ダーリン」(Darlin')を知ってた人というのは、相当マニアックな方だったわけで、当時のちょっとした洋楽ファンは、だいたいザ・ビートルズの「サージェント・ペパーズ〜」一色。

時代はグループサウンズブーム全盛時代で、後にザ・ワイルドワンズが再結成後、ザ・ビーチボーイズをカヴァーしてましたが、リアルタイム当時、ザ・ビーチボーイズをカヴァーしていたグループサウンズは皆無。

それほどリアルタイムはザ・ビーチボーイズは日本では、さほど人気のあるバンドではなかったわけで、彼等が今のようにアメリカンバンドの老舗、巨匠扱いを日本でされるようになるのは、当サイトでも繰り返しておりますが、ジョージ・ルーカス監督の出世作になった、日本公開は1974年末と遅れた(ルーカスも出演者も皆、当時は無名だったから)映画「アメリカン・グラフィティ」で、ザ・ビーチボーイズの曲が使われてからの事。

同時期に、ザ・ビーチボーイズの1960年代のヒット曲を集めたアルバム「終わりなき夏」がアメリカで大ブレイクし、日本でもそれなりに売れたので、このあたりからザ・ビーチボーイズは日本でも注目されだしたと言えるわけで、特にこちらの 「ダーリン」(Darlin')はアルバム「アメリカン・グラフィティ」にも「終わりなき夏」にも収録されていなかったので、一般的には山下達郎氏が1984年のアルバム「ビッグ・ウエイヴ」でカヴァーされた事で有名になった曲と、当サイト運営者、断定いたします。



又、1967年という年は、アメリカもヒッピーフラワームーブメントに入っていく年で、後にルーカスが撮った、古き良きアメリカ的な「アメリカン・グラフィティ」が描いたその世界は完全に消滅、若者達の価値観が激変した時代という事もあり、サーフィン・ホッドロッドのイメージの強いザ・ビーチボーイズは、ちょっと分の悪い時代だったとも言えるわけであります。





posted by 麻呂 at 09:02| サーフロック&ビーチボーイズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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