2018年02月10日

ヒット曲なしで、世界で最も有名なバンド「 クオリーメン」と、世界で最も有名なドラマー「ピート・ベスト」









ヒット曲が1曲もないのに、世界で1番有名なバンドは「クオリーメン」でしょうねー。

ジョン・レノンが初めて組んだバンド。ポール・マッカートニーが、ジョン・レノンの歌と演奏にはじめて接したバンド。それが「クオリーメン」で、ちょっとしたザ・ビートルズファンなら、世界中の誰もが知ってるわけです。

1957年、イギリスのリヴァプールでジョン・レノン等が「クオリーメン」を結成した頃、ジャズ、カントリー系列からの、手作りの楽器やバンジョーを手にした音楽=スキッフルが人気だったようで、「クオリーメン」も当時の写真をみて、その楽器編成からスキッフルバンドだったと思えますね。

結局、ポール・マッカートニーとジョン・レノンの出会いによって、また、当時のアメリカの空前のR&Rブームによって、「クオリーメン」はスキッフルバンドではなくなっていったようで、R&Rに似合わない楽器担当者達は、自然に抜けていったようで、まあ、当時彼等が、ジョンとポールが、あの!ザ・ビートルズになるなんて思ってないですから、普通に自然に、仲間割れとかしたわけではなく、そうなったようですね。

まあ、何にしても1997年に当時の「クオリーメン」のメンバーが集まり再結成され、現在も世界中に「呼ばれて」活躍してるって、凄いですねー!。

こちらは「クオリーメン」のメンバーより、もっと切実。ザ・ビートルズ公式デビュー前に解雇されたピート・ベストも、1988年に自身のバンドを立ち上げ、こちらも世界中で「呼ばれて」今も活躍してるのも↓、凄いですねー!!

「クオリーメン」がヒット曲0でも、世界で有名なバンドなのと同じく、ヒット曲0で世界で最も有名なドラマーなのも、ピート・ベストで間違いないですねー。ザ・ビートルズおそるべし!!






posted by 麻呂 at 09:55| 公式デビュー前ザ・ビートルズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月06日

1950年代後半イギリスで流行ってたスキッフルと、アメリカで大ブレイクしたR&R(R&B)ブームの最中に生まれたザ・ビートルズの原型









日本上映は2010年、イギリスでは2009年上映の、ザ・ビートルズ結成前の若きジョン・レノンを描いた伝記映画「ノーウェアボーイ ひとりぼっちのあいつ」(Nowhere Boy)↑の中の、若きジョン・レノン率いるクォリーメンのライブシーンと、ジョンとポール・マッカートニーが出会った時を描いたシーン。

時は1957年、アメリカではR&R(R&B)ブームが大爆発してた時期で、イギリスはリヴァプールにもその余波はやってきていたようで、1942年生まれのポール・マッカートニーこの時14~15才。1940年生まれのジョン・レノンは16~17才。多感な思春期時代です、、、。

ジョン・レノンが率いていたクォリーメンは、当時イギリスで流行っていたと伝わるジャズ、ブルース、フォーク、カントリー・ミュージックなどの影響を受けたフュージョン(融合)ミュージック、スキッフルという音楽スタイルのバンドで、ロニー・ドネガンという人がイギリスで人気を博していたそう。↓





スキッフルは元々、20世紀初期のアメリカ南部で発展した音楽のようで、日本でも1935年結成の元祖「ボーイズ」「コミックバンド」と伝わる「あきれたぼういず」の坊屋三郎氏が、「あきれたぼういず」解散後、一人でも「あきれたぼういず」時代からの芸、洗濯板を改造した楽器演奏をやられていたので、「あきれたぼういず」を知らない2015年現在、還暦前後から40代後半ぐらいの人でも、TVでご覧になられた方もいる事でしょう。↓



ジョン・レノン率いるクォリーメンと同じように、スキッフルに影響をうけ初めて手にした楽器は洗濯板だったそうなジョージ・ハリスンがギターを手にするのは、エルヴィス・プレスリー大ブレイクの1956年、13才の時と伝わっていますから、当時のイギリスのスキッフル人気とアメリカのR&R(R&B)大ブームの影響こそ、ザ・ビートルズの音楽的ルーツと言えますね。







posted by 麻呂 at 00:00| 公式デビュー前ザ・ビートルズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月09日

ザ・ビートルズがデッカ・レコードのオーディションを落とされた時の音源「メンフィス・テネシー」(Memphis, Tennessee)








ザ・ビートルズが公式デビュー前、1962年1月にデッカ・レコードのオーディションを落ちた時の音源の1曲。チャック・ベリーの「メンフィス・テネシー」(Memphis, Tennessee)のカヴァー。

まあ、歴史に「たられば」はないが、もしデッカ・レコードのオーディションに受かっていたら、ザ・ビートルズはジョージ・マーティンとの出会いはなかったし、又、「メンフィス・テネシー」(Memphis, Tennessee)我もし、ザ・ビートルズの公式アルバムでレコーディングされていたら、もっと!一般的に有名になっていた曲でしょう(例えば同じくチャック・ベリーの「ロック・アンド・ロール・ミュージック」や「ロール・オーヴァー・ベートーベン」のように)。

当サイトで幾度となく触れておりますが、チャック・ベリーはザ・ビートルズがカヴァーした事で、日本では認知度が高くなったので、それ以前の日本のロカビリーブーム、和製ポップス(洋楽メロディを日本語で歌うソレ)ブームの頃、日本では殆ど知られておりませんでしたし、売れておりませんでした。

チャック・ベリーに限らず、ザ・ビートルズの公式アルバムでカヴァー収録されてる楽曲、シンガー(グループ)は、今や「当たり前」に知られてますが、それはザ・ビートルズによって!日本では有名になったと、リアルタイムを知らない若い世代の方々は思って間違いないです。

誤解されると困るのですが、これは日本が「遅れてた」のではなく、ザ・ビートルズが、当時としてはかなり特殊な趣味趣向をしていたという事であり、これはザ・ローリング・ストーンズやエリック・クラプトン、ジェフ・ベック等の、60年代半ば以降のイギリスのミュージッシャンの、アメリカの白人でもよくわかってなかったR&R、R&B、ブルース等の、マニアックでヲタな趣味趣向も同じです。

又、これも当サイトでも幾度となくほざいてますが、1960年前後の日本の「和製ポップス」(洋楽メロディに日本語詞をのせるソレ)ブームは、必ずしもアメリカ一辺倒ではなく、欧州圏の楽曲もとりあげてましたし、R&Rは和製ポップスブームのほんの一部分で、当時はR&Rという言葉が一般的だったとは、当サイト運営者は思えません。R&Rではなく「ロカビリー」が普通の呼び名でしたから。

よって、例えば日本で「R&R」という言葉が、本当に今のように「当たり前」になる、かなり!前の1973年3月。日本のキャロルのファーストアルバムのB面に、チャック・ベリーのこちら「メンフィス・テネシー」(Memphis, Tennessee)や「ジョニー・B・グッド」が収録されていた頃、日本で「R&R」という言葉、ジャンルを認識していた人は、そうは!いなかったと記憶しております。

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1973年当時は、その前年の「結婚しようよ」の大ヒットに端を発した吉田拓郎氏はじめとした、歌謡史に残る!空前の!和製ふぉーくブームの真っただ中でしたから、皆、長髪にベルボトムのジーパンで、和製ふぉーくを聴くのが(一部、ニューロック)当時の若者達の普通のスタイルでしたから、革ジャン&リーゼント(ポマード長髪オールバックとも言われますが)でR&Rを奏で歌う、キャロルは本当に!異端だったんです。

繰り返しますが、日本でチャック・ベリーが有名になるのは、ザ・ビートルズ日本レコードデビューの1964年以降、ザ・ビートルズが彼の曲を公式アルバムでカヴァーしてたからで、こちら「メンフィス・テネシー」(Memphis, Tennessee)は、ザ・ビートルズの公式アルバムに収録されていなかったので、日本のキャロルが1973年3月のデビューアルバムのB面でカヴァーする迄、殆どの日本人は知らなかったです。

これ、今や当たり前!R&Rと言えば定番の「ジョニー・B・グッド」しかりで、こちらもザ・ビートルズもザ・ローリング・ストーンズも公式アルバムではカヴァーしてないので、当時の日本人には殆ど馴染みのないR&Rナンバーで、「メンフィス・テネシー」(Memphis, Tennessee)同様、日本ではキャロルが有名にした曲と言っても過言ではないと、当サイト運営者は思います。



キャロルの矢沢永吉氏か?、キャロルヴァージョンではリードボーカルをとったジョニー大倉氏か?、或いはプロデュースのミッキー・カーチス氏か?、「メンフィス・テネシー」(Memphis, Tennessee)は誰の推しで歌い演奏し録音したのか?当サイト運営者にはわかりませんが、キャロルはポール・アンカの「ダイアナ」やニール・セダカの「恋の片道切符」など、当時は「オールディーズ」というジャンルは確立されてなかった日本でしたが、後に日本のオールディーズといえば「お馴染み!」の楽曲をやっていたバンドだったら、逆に!もっと最初から売れていたでしょう。

というわけで、キャロルのファーストアルバムのB面カヴァー集(A面はオリジナル集)は、ジャパニーズR&Rリヴァイバルの歴史の中で重要な1枚なのは間違いありませんが、リアルタイム当時の日本では、ザ・ビートルズがカヴァーしていたので有名な「カンサス・シティ」以外は、あまり馴染みのない曲ばかりだったので、後世で思われてるほど、キャロルのファーストアルバム「ルイジアンナ」は、実は売れませんでした。

ちなみにチャック・ベリーは50'sの日本で人気はなかったですが、エルヴィス・プレスリーはそれなりに人気もありファンもいたので、もしかするとエルヴィス・プレスリーヴァージョンで↓、こちら「メンフィス・テネシー」(Memphis, Tennessee)を、キャロルがデビューする前に既に知っていた、当時の日本のエルヴィスファンはいたかも知れないです。



posted by 麻呂 at 00:00| 公式デビュー前ザ・ビートルズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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