2017年01月03日

1960年代初頭ビーチパーティー映画に主演していたフランキー・アヴァロンは、1979年の映画「グリース」に出演していた。









日本で50's、オールディーズファンに人気があるとは思えないし、認知度も低いフランキー・アヴァロンなれど、この方1979年、ジョン・トラボルタ、オリビア・ニュートン・ジョン主演で日本でもヒットした映画「グリース」に登場してたほど、本国アメリカではサンドラ・ディーと共に、オールディーズと言えば欠かせない存在の方。

まあ、フランキー・アヴァロンが日本であまり人気がない、その手のファンの方々にも認知度が低い原因は簡単で、1960年代初頭当時、彼がアネット・ファニセロと共に主演してた青春ビーチパーティー映画が、上映された形跡がないからですね。



又、アネット・ファニセロも日本では認知度が低いのは、同じ理由でしょうね。彼女の「パイナップルプリンセス」は、日本では田代みどりさんが日本語でカヴァーし大ヒットしましたが、元歌が彼女だと知ってる人は少ないですし、日本の50'、オールディーズファンの間で、彼女の名前はフランキー・アヴァロン同様、まーず聞く事ないです。

というわけで、当サイトでも再三触れてますが、アメリカと日本では同じ50~60年代でも、ちょっと微妙にその想い出って違うんですよね。日本でヒットしてもアメリカでヒットしなかった曲もあれば、その逆もあり、又、このフランキー・アヴァロンとアネット・ファニセロのアメリカでは人気だった映画シリーズが、日本では上映されていたかどうかも怪しいという例もありますからね。




posted by 麻呂 at 10:23| 映画 映画音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月30日

シカゴのチェス・レコードをモデルにした映画「キャデラック・レコード 音楽でアメリカを変えた人々の物語」



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当サイトでも再三再四とりあげております。マディ・ウォーターズ、ハウリン・ウルフ、チャック・ベリー等々、ブルース、R&Rシーンのレジェンドが在籍していたチェス・レコード。

ポーランドからシカゴに移住したレナード・チェス役を、「戦場のピアニスト」で有名なエイドリアン・ブロディが演じておりますが、彼のパパもポーランド系ユダヤ人で、ヒットラーナチスのホロコーストで家族を失っており、ハンガリー人とチェコ系ユダヤ人のハーフのママは、1956年のハンガリー動乱時にアメリカに亡命してきた、いかにもの家系をルーツにしてる彼は俳優。

そしてこの映画にエタ・ジェームズ役でも出演してるビヨンセ・ノウルズが、製作総指揮を担当。

お二人ともR&R(R&B)ブームの頃は生まれていなかった「若い」世代ですが、特にシンガーでもあるビヨンセは、自分の音楽ルーツには造形の深い女性なので、古のアメリカ音楽に興味、感心の深い方には注目の作品であります。

まあ、今となっては伝説のチェス・レコードですが、リアルタイム1950年代はまだ「黒人公民権法」も制定されてなかった、人種差別がアメリカは「普通」のお国だったので、メンフィスのサンレコードのサム・フィリップス同様レナード・チェスも、さぞや「肌の色の黒い」ミュージッシャン達のレコードを製作、売り込む為には苦労があったわけで、、、

実際にチェス・レコードとそこに在籍するブルースマンを今のように有名にしたのは、これも当サイトでも再三再四紹介しておりますが、1960年代になってから、ザ・ビートルズを皮切りにしたイギリス勢の台頭で、ザ・ローリング・ストーンズや若きエリック・クラプトンのクリーム等がブルースをカヴァーしたり、自分達の音楽的影響はブルースにあると、イギリスの「肌の色の白い」ミュージッシャン達の発言から。

まあ、アメリカは歴史の浅い国ですから、ジャズ、ブルース、C&W、R&R、R&Bの歴史を遡ると、わりと「移民国家」アメリカの近代史がみえてきたりして、面白いんですね〜♪。





posted by 麻呂 at 00:27| 映画 映画音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月16日

日本の50's、オールディーズファンにはリアルも今も印象が薄い、アメリカのリアルタイムのトップアイドルだったサンドラ・ディー





当サイト運営者、映画「アメリカン・グラフィティ」や「グリース」で名前が出てくるので、とても古のアメリカンアイドル、サンドラ・ディーに興味を持っております。

唯、これはサンドラ・ディーに限りませんが、日本人の好む「外人の顔」とアメリカ人好みの顔って、男女とも違うようで、サンドラ・ディーは、リアルタイム当時も昨今の50's好き、オールディーズ好きにも、日本ではあまり人気がないですね。

そもそもサンドラ・ディーが、アメリカで人気者になるきっかけになったそうな1959年の映画「ギジェット」は日本未公開↓。



又、当サイトでも再三ふれておりますが、1960年代初頭にアメリカで流行ったサーフィン映画は、日本では当時、まったくと言っていいほど流行っておらず、又、今でこそ古のアメリカンバンドと評価されてるザ・ビーチボーイズですが、当時の日本ではそれほど人気のあるバンドではなかったですし、日本で「サーフィン」という言葉が一般的に普及するのは1964~65年頃で、それもスポーツのサーフィンではなく音楽、ダンスステップのサーフィン。

又、サンドラ・ディーンの出世作にもなった1959年の映画「避暑地の出来事」も、日本では主題歌の「夏の日の恋」は有名ですが、あまり知られてる映画とは言えず、更にその後サンドラ・ディーは、アイドル人気絶頂時の19才でボビー・ダーリンと結婚&出産。

アメリカではかなり話題だったようですが、あまりリアルタイム当時の日本で話題になった記録も残っておらず、「避暑地の出来事」で競演したトロイ・ドナヒューとともに、1960年代半ばになるとサンドラ・ディーはアメリカでも人気が下降。

結局、1970年代になって、当時無名だったジョージ・ルーカスの出世作「アメリカン・グラフィティ」で、眼鏡のテリー(チャールズ・マーティン・スミス)がデビー(キャンディ・クラーク)を車からナンパする時、コニー・スティーブンスに似てると声をかけ、デビーは自分ではサンドラ・ディーだと思うけどという会話のやりとりで、サンドラ・ディーはアメリカで「名前」が復活、、、

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おそらくアメリカ人はサンドラ・ディーという名前に、懐かしさと自分の若い頃、幼い頃を思い出し笑ったシーンだと思いますが、日本人にはコニー・スティーブンスもサンドラ・ディーも、ピンとくる名前ではなかったと言えます(今もかな?)。

まあ、サンドラ・ディーのご主人だったボビー・ダーリンをケヴィン・スペイシーが演じ、サンドラ・ディーをケイト・ボスワースが演じた2004年の映画「ビヨンド the シー 夢見るように歌えば」(Beyond the Sea)も、日本でヒットした形跡がないので、やはりサンドラ・ディーに対する思い入れは、日本人とアメリカ人では、異なるのだと思われますね。



posted by 麻呂 at 15:47| 映画 映画音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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