2016年04月11日

ジョン・レノンが参加した1969年のカナダトロントでの、R&Rリバイバルコンサートでのチャック・ベリー



急げ!新ドメインは早いもの勝ち!




ザ・ビートルズ解散前のジョン・レノンが、自身のプラスチック・オノ・バンド(ギター、エリック・クラプトン)で参加し、後にレコード化されたので有名な、1969年カナダ、トロントで行われたR&Rリバイバルコンサート、「Live Peace In Toronto」。

このイベントには古のロックンローラーも多々出演しており、こちらはチャック・ベリーのステージ。

客席が時代的にヒッピー、フラワームーブメントだったので、こちらカナダでも長髪の「それっぽい」若者達が目立ちますが、これはアメリカのウッドストックでのシャナナ登場の映像でもわかりますが、世の中は当時は「こっちの方」が普通であり、合い言葉は「ピース」。

アメリカが介入したベトナム戦争が泥沼下してたのが、この合い言葉のルーツなわけですが、思えば今も中東情勢はわけわからない混沌とした状態なわりに、音楽と「ピース」の合い言葉では、何も解決できなくなってます。

まあ、このへん話しが脱線すると長くなるのでやめにして、、、

R&Rリバイバルの機運は1960年代後半には、既にこうして起きており、それが華開いて大爆発するのが、1973年の映画(日本公開は1974年)「アメリカン・グラフィティ」だったわけですが、既に世界ではチャック・ベリーはじめ古のロックンローラー達が見直され、そして注目されていたんですね〜!。





posted by 麻呂 at 06:42| チャックベリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月25日

今やキング・オブ・R&Rのチャック・ベリーのそのスタイルのルーツは、ブルース、ブギウギ、スウィングのフュージョン(融合)



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司会者がチャック・ベリーを紹介、登場するまでバックの演奏陣は衣装通りの(笑)とてもジャジーな演奏をしており、「メイベリン」がはじまると突然!R&Rバンドになる。

まあ、当サイトで再三繰り返してますが、ジャズとR&Rはそんなに遠い音楽ではないわけで、R&R(R&B)ブームの時登場してきたロッカーやそのバックミュージッシャン達は、そのブームになる前から楽器を演奏する技術を取得してるわけですから、そのルーツはブルースであったりカントリーであったり、又、ジャズであったりするのは当然と、、、。

で、チャック・ベリーはどうやって、彼独特の!今やR&Rスタイルのルーツとも言えるスタイルを取得したのか?。

チャック・ベリーは当時のアメリカ黒人にしては珍しく、パパは教会の執事も務める建設請負業者で、ママは教師というセントルイスの中流家庭で生まれており、このへんパパが医者でママが音楽教師という超裕福!な家庭に生まれたマイルス・デイヴィスに似ており、幼少の頃から音楽に普通に親しめる環境にあり、聖歌隊にも入っていたとか、、、。

チャック・ベリーが最初にギターを弾き始めたのは1950年代初頭らしく、ブルース、ブギウギ、スウィング(要はジャズ)を好んでいたそうで、彼はジャズ、ブルースのピアニストでありシンガーのジェイ・マクシャンの「Confessin' the blues」↓を人前で披露した時、パフォーマーとしての快感を初体験したとか、、、。



まあ、という具合にキング・オブ・ロックンローラー!チャック・ベリーではありますが、その演奏&歌唱スタイルのルーツはブルース、ブギウギ、スウィングのフュージョン(融合)。

で、チャック・ベリーが「Confessin' the blues」をカバーしたジェイ・マクシャンは、ジャズファンならお馴染み!かの!チャーリー・パーカーを見いだした人で、チャーリー・パーカーのあだ名はバード。

彼のあだ名から、エリック・クラプトン、ジェフ・ベック、ジミー・ペイジが在籍していた事で有名なヤードバーズはバンド名をつけたのは、ちょっとしたロックファンには有名な話しですね。





posted by 麻呂 at 00:00| チャックベリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月23日

映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の1作目は、翌年のチャック・ベリー還暦コンサートの最大の!プロモーションになった









今やどちらかが天寿天命をまっとうするまで、ザ・ローリング・ストーンズは続くであろうミック・ジャガーとキース・リチャーズのながーい付き合い、仲でありますが、1980年代初頭から半ば頃は、ミック・ジャガーがソロ活動を開始した事もあり、ミックとキースの仲がぎくしゃくし、ストーンズ解散の最大の危機だった時期。

1986年に発表されたアルバム「ダーティ・ワーク」もシングル「ハーレム・シャッフル」も、そこは流石に天下の!ザ・ローリング・ストーンズ、それなりの商業的成功は収めたとはいえ、ミック・ジャガーはプロモーションのライブツアーを拒否し自身のソロ活動に力をそそいでいた、そんな「ストーンズ氷河期」時代の1986年、「チャック・ベリーの60歳バースデイ・コンサート」を中心に、インタヴュー、リハーサル風景などを盛り込んだドキュメンタリー映画「HAIL! HAIL! ROCK'N'ROLL / ヘイル!ヘイル!ロックンロール」を、キース・リチャーズが音楽プロデュースしました。

で、このライブ&ドキュメンタリー映画が製作された前年が、スティーヴン・スピルバーグ監督の映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」が公開され世界的大ヒットを記録した年で、映画ファン、R&Rファンには有名な!チャック・ベリーの「ジョニー・B・グッド」が映画で演奏され、チャック・ベリーが、それほど音楽やR&Rに詳しくない方の間でも知れ渡っていたのは注目したいと思います↓。



余談ですが、ミック・ジャガーがそのソロアルバム同様、かなり豪勢な売れっ子ミュージッシャン達(当時の)を従えソロで初来日したのが1988年(ザ・ローリング・ストーンズ初来日より前)。正に!後にバブルと命名された時代のど真ん中!、、、この年は後楽園球場が閉鎖され、今の東京ドームが新しく建てられた年で、ミックのソロ初来日コンサートはその「こけら落とし」で、TV中継もされ、それはそれは大騒ぎでありました。

が、しかし!必ずしも批評家達の評価はミックのソロ活動に好意的ではなく、又、そのソロライブでも大半はストーンズナンバーだった為、キースは激怒したと伝わっており、結局、ザ・ローリング・ストーンズは元の鞘におさまり今に至ってるわけで、そんな「ストーンズ氷河期」時代、ミックの「気ままさ」の間にキースが音楽プロデュースした「HAIL! HAIL! ROCK'N'ROLL / ヘイル!ヘイル!ロックンロール」は、ストーンズファン、R&Rファンは注目したいそれだと思われます。






posted by 麻呂 at 00:00| チャックベリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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