2015年08月31日

オールディーズ、50's って何だ? そんな入門者の方には、こちらのアルバムがおススメ!









当サイトでも再三再四触れておりますが、日本でオールディーズ、50'sという「ジャンル」を決定的にした映画「アメリカン・グラフィティ」(American Graffiti)。

唯、この映画が日本で上映された1974年当時は、監督のジョージ・ルーカス選曲によるサウンドトラック盤↑は、かなり当時の日本人感覚ではマニアックな選曲で、日本の1950年代後半のロカビリーブーム、1960年前後の和製ポップス(洋楽メロディに日本語詞をのせるソレ)ブーム時に日本で流行ったそれとは、必ずしも一致しておりませんでした(今や当たり前の!オールディーズスタンダードばかりですが)。

日本のリアルタイム、ロカビリーブーム、和製ポップスブームを感じたい、知りたいなら、こちらの「想い出のポップス スーパーヒット100 CD4枚DVD1枚セット」が、当サイト運営者はおススメでございます。

CD4枚組というのは、かなりのボリューム感がありますし、DVDは映画「オズの魔法使い」。お得です!。







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2015年05月16日

1960年代初頭の日本のツイストブーム時、70年代後半に流行った映画「アメリカン・グラフィティ」で有名になった「ペパーミントツイスト」が流行ってた形跡がない









日本にもモロに入ってきた、ツイストブームが世界で吹き荒れたのが1962年で、こちら「ペパーミント・ツイスト」(Peppermint Twist)は、その1962年に全米ビルボードチャート1位を獲得しておりますので、1962年のアメリカ地方都市の若者達の1日を描いた映画「アメリカン・グラフィティ」で、この曲を使ったのは当然と言えば当然だと言えるでしょう。

が、ツイストブームは日本でも吹き荒れましたが、こちら「ペパーミント・ツイスト」(Peppermint Twist)は日本で流行った形跡はないですし、1960年前後は「和製ポップス」(洋楽メロディを日本語詞にのせるソレ)ブーム吹き荒れておりましたが、この曲をカヴァーしていたシンガー、グループがいたか?否か?当サイト運営者は、今の所、みつける事はできませんね〜。

で、こちらの曲をヒットさせたジョイ・ディ&ザ・スターライターズは、ニュージャージー州出身バンドですから、ボンジョビィの先輩バンドになります(笑)。

とはいえ元々こちらのバンドはセッションバンドの色合いが強かったようで、基本的にはジョイ・ディ&そのバンド。よってメンバーの出入りは激しかったバンドだったようで、全米1位を獲得したのに、その2年後の1964年にはバンドは崩壊、ジョイ・ディはソロ活動に入ったようですね。





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2015年05月01日

そもそも「オールディーズ」って何だ? 日本で「オールディーズ」という言葉が今のように一般的になった時代背景









「オールディーズ・バット・グッディーズ/OLDIES BUT GOODIES」(古いけど良い音楽)という言葉が誕生したのは、1961年のアメリカとされてますが、思えば1961年の時点で、既にそれ以前の音楽を「古いけど良い音楽」だったとする「オールディーズ」という言葉が生まれてたのは、面白いですね。

で、日本で「オールディーズ」という言葉が少しは知られるようになるのは、1966年末に発表されたザ・ビートルズ活動期唯一のコンピレーション・アルバム、1963年から1966年までのシングルヒット曲を中心に選曲されたアルバム「オールディーズ」から。

まあ、こちらアルバム「オールディーズ」は、ザ・ビートルズ解散後の70年代に出された所謂「青盤、赤盤」、「ザ・ビートルズ1967年〜1970年」「ザ・ビートルズ1962年〜1966年」のベストアルバムや、その後、CDの時代になって公式、非公式含め、さまざまなベストアルバムが発表された事で、その使命が終ったわけで、若いザ・ビートルズファンには全く馴染みのないアナログアルバムだと思いますし、ザ・ビートルズのこのアルバム名で日本で「オールディーズ」という名前が一般的になった事も、あまりザ・ビートルズに興味のないオールディーズファンは、おそらく知らないと思われます。

で、ザ・ビートルズファン以外で、今のように日本国内で普通に「オールディーズ」という言葉が使われだしたのは、1973年にアメリカで制作された(日本公開は1974年末)映画「アメリカン・グラフィティ」以降なのは、間違いない歴史でしょう。

2015年現在、今も各地で人気の「ケントス」が六本木に1号店がオープンしたのは1976年ですし、1980年前後に原宿、代々木公園で竹の子族と共に話題になった、ラジカセで「オールディーズ」「R&R」ナンバーを流しツイストを踊る若者達のムーブメントが起きてるのも、とっかかりは全て!映画「アメリカン・グラフィティ」以降ですので、この映画を抜きにして日本の「オールディーズ」ムーブメント、ジャンルを知る事はできません。





同じく1980年前後、急成長した今も原宿と渋谷の間にあるピンク・ドラゴンのビルが建つきっかけになったオールディーズファッション専門店「クリーム・ソーダ」が爆発的に人気になっておりますが、その起源になった新宿伊勢丹横にあった、日本初のオールディーズバー、R&Rバー、50'sバー「怪人20面相」は、映画「アメリカン・グラフィティ」以前から開業してたのは特筆する所で、おそらく多分、「怪人20面相」が開業した頃、日本で「オールディーズ」という言葉を知っていたのは、ザ・ビートルズのアルバム「オールディーズ」を知っていた人達だけだと思います。

映画「アメリカン・グラフィティ」より少し前、日本でも大人気だったカーペンターズのアルバム「ナウ・アンド・ゼン」のB面で、♪しゃららら〜 ♪うぉううぉ〜 の昔の曲って良かったよね的な歌の「イエスタデイ・ワンス・モア」からはじまるオールディーズのカヴァーは、リアルタイム当時は無名監督だった「アメリカン・グラフィティ」のジョージ・ルーカスに比べ、当時のカーペンターズはアメリカは勿論、日本でももの凄い!人気だったので(多分、洋楽で一番人気があったと思う)、このアルバムのB面の方が、「アメリカン・グラフィティ」より影響力があったかも知れないです。

又、例えば映画「アメリカン・グラフィティ」が日本で上映されだした時期、カーペンターズのアルバム「ナウ・アンド・ゼン」が発売された時期、現役で活躍していた日本のキャロル、ダウンタウン・ブギウギ・バンドは、日本中に有名無名問わず日本に沢山あるオールディーズバンドではなく、彼等は明確にR&R、ロックを全面にだしていたバンドで、これは内田裕也氏とニューロック系の凄腕ミュージッシャン達を集めた活動もしかりで、60年代末のグループサウンズブーム末期にはザ・スパイダーズがR&Rのカヴァーアルバムを発表しておりますので、このへんの日本のバンドの活動は、その後のオールディーズ、R&R、50'sムーブメントに影響を与えたのも、オールディーズファンは忘れてはいけないですね。

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ぴかぴか(新しい)こちらもおススメでするんるん