2016年04月03日

1961年の映画「ブルーハワイ」でエルヴィス・プレスリーが歌い、日本で知れ渡った「ハワイアンウェディングソング」(Hawaiian Wedding Song)



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エルヴィス・プレスリーは残念ながら来日してませんので、1950~60年代の「動くエルヴィス」を日本のファンが観れる機会は映画しかなかったわけで、1961年の映画「ブルーハワイ」の中で歌われた「ブルーハワイ」同様、こちら「ハワイアンウェディングソング」(Hawaiian Wedding Song)も、エルヴィスファンならずとも、よく知られてる名曲ですね。

まあ「ブルーハワイ」が、1937年のビンク・クロスビーの主演映画の為に作られた曲のカヴァーヒットなように、「ハワイアンウェディングソング」(Hawaiian Wedding Song)のオリジナルは更に古く!1926年に作られた曲。

で、R&R(R&B)ブーム末期の1959年に、アンディ・ウィリアムズが歌いヒットさせておりますが、日本人にはやはりエルヴィスナンバーが最も知られているでしょう。

で、

自らエルヴィス・プレスリーファンと語る加山雄三氏の若大将シリーズ第四弾、「ハワイの若大将」は1963年公開ですから、おそらく多分、エルヴィスの映画「ブルーハワイ」に感化されてもハワイロケ敢行だったと思われますし、この映画で歌う加山雄三氏は、かなりプレスリーフリークっぽい、ロカビリー、C&Wナンバーをプレスリーっぽい歌い方で唄ってます。







posted by 麻呂 at 19:52| エルビスプレスリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月05日

70'sエルビス復活の頃の、当時のエルビス・プレスリーの日本での人気は凄まじかった。アメリカの祈り









こちらは50'sのエルビス・プレスリーではなく、70'sのエルビス復活の映像&音源ですが、1970年代初頭は「オンステージ」「オンツアー」の2本のライブドキュメンタリー映画、ハワイからの中継、そしてそのライブ盤含めアルバム、シングルの大成功等、実はもの凄い!プレスリー人気だったんですね〜。

まあ、当時から衣装や振り付けがギャグにされがちでしたが、当時のプレスリーのバックバンドのメンバーは素晴らしいですし、R&R、C&W、R&B、ファンク、そしてゴスペルまで網羅していた、デビュー時からそうでしたがジャンルの垣根をこえた当時のプレスリーのライブパフォーマンスは、今更ながら凄かったなーと感じるわけで、おそらく今以上に何年かした後、エルビス・プレスリーはもっと再評価が高まるだろうと、当サイト運営者は思っております。

そしてそんなリアルタイム当時、当サイト運営者の記憶にとても残っちるのがこちら「アメリカの祈り」。

50's、60'sのエルビス・プレスリーではないですが、エルビス復活当時のプレスリーも凄かったよねって事で、アップしました。





posted by 麻呂 at 20:30| エルビスプレスリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月22日

1950年代後半のロックンローラー!エルヴィス・プレスリーを支えた、スコッティ・ムーアとビル・ブラックの金字塔 その5



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昨日の続き

まあ、多くのエルヴィス・プレスリーファン、R&Rファン、ロカビリーファンと同じように、当サイト運営者も、エルヴィスのマネージャーだったパーカー大佐は、あまり好きではないのですが(汗)、、、

又、サン・レコードのサム・フィリップスが、エルヴィスのマネージメントをパーカー大佐に譲渡したのも、納得してるわけではないのですが、それらは全て!後追いのファンの思い入れの戯言であり、リアルタイム当時、未だ全米で人気がでるかどうかもわからなかったローカルスター、エルヴィス・プレスリーを、非力な自分のレコード会社では全米で売り出す事は不可能と、破格の移籍金(契約金)をパーカー大佐に提示したサム・フィリップも、それを受け入れたパーカー大佐も、「金のための金」でそうしたわけではなく、若きエルヴィス・プレスリーの才能、未来を予見できたからだったと思いますよね。

まあ、サム・フィリップスも当時は諸般の事情によりサン・レコードの経営の危機だったそうですから、金が必要だったのでしょうが、サム・フィリップスはこの時の契約金の一部を基に、ジョニー・キャッシュ、カール・パーキンス、ジェリー・リー・ルイス、ロイ・オービソンなど他のアーティストの売り出しを行なって、R&R、ロックシーンに燦然たる功績を残しておりますし、何かと悪名高いパーカー大佐ですが、既にエルヴィスのマネージャーになる時は40代の「いい大人」だったパーカー大佐のマネジメントあっての、エルヴィス全米大ブレイクだったのは、否めいない歴史でしょう。

なんたってR&Rスター、ロカビリースターが、信じられないような巨万の富を生み出したのはエルヴィスがはじめての事。「お金」「マネジメント」で色々あったとしても、別段不思議な事ではなく、こんな事はどんな業種でも「よくある話し」。

結局「お金」の問題は、人気爆発したエルヴィスと、サポートのスコッティ・ムーアとビル・ブラックとの関係にも入ってきたわけで、この3人の仲も、ロックンローラー!エルヴィス・プレスリー全盛時代の1950年代後半で終っており、スコッティは後にプレスリーカムバック↑のショーで久々に演奏しておりましたが、ビルとはここでエルヴィスは疎遠になってしまいます。

というわけで除隊後、1960年代のエルヴィス・プレスリーは契約の関係で、所謂B級ハリウッド映画に毎年のように山のように出演。それら映画の主題歌等、映画と共にヒットはしましたが、コアなR&R、ロカビリーフリークにロックンローラーエルヴィスと認知されてるのは、やはり1950年代。スコッティー・ムーアとビル・ブラックとの時代を一般的には指しますね。





posted by 麻呂 at 00:00| エルビスプレスリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
ぴかぴか(新しい)こちらもおススメでするんるん