2016年03月17日

R&R(R&B)レジェンドを一同に集め、1972年イギリスで行われた「The London Rock n Roll Show 」は、リアルタイムの日本で上映はなかったので、今も日本人に認知度が低い









リアルタイム日本での公開はありませんでしたし、又、その後も音楽業界はじめマスメディアで殆ど報じられる事もないので、日本でとても認知度が低い、1972年にイギリスはロンドンのフットボール用のスタジアム、ウェンブリー・スタジアムで開催された「The London Rock n Roll Show 」。

1972年と言えばグラムロックブームの象徴、T・レックスが来日した年で、リアルタイムを知らない世代でも矢沢永吉氏でご存知のキャロルが、公式レコードデビューした年で、解散直前の1969年、ザ・ビートルズのジョン・レノンがエリック・クラプトン等とのプラスチック・オノ・バンドで、カナダはトロントで行われたR&Rリバイバルコンサート「スウィート・トロント」に登場、ライブレコード化もされた事で、日本でもなんとなーくのR&Rリバイバルムードが、特に音楽関係者の間で高まっていたのがこの時期。



元々イギリスはザ・ビートルズもしかりですが、1950年代のアメリカのR&R(R&B)ブームにモロにハマった国で、アメリカでブームが終焉の兆しをみせていた1950年代末期になってもイギリスでR&R(R&B)の人気は衰えず、ブームに陰りがみえてきたアメリカより、イギリスや欧州が「稼げた」らしいので、エディ・コクラン、ジーン・ヴィンセントが欧州ツアーを実施、大盛況だったと伝わっており(エディ・コクランはイギリスで交通事故で亡くなっている)、モッズVSロッカーという抗争の図式も60年代には生まれ、R&R、ブギをルーツにしたグラムロックや、この後のパンクロック等、イギリス人はとても!R&R(R&B)好き。

で、ボ・ディドリー、ジェリー・リー・ルイス、リトル・リチャード、ビル・ヘイリー&ザ・コメッツ、チャック・ベリーといったR&R(R&B)のレジェンド!、錚々たるメンバーをアメリカから呼んだイギリスの「イベント屋」も凄かったと思いますが、当時は未だヒッピーフラワームーブメントの名残があった時代なので、基本若者達は欧米、そして日本も長髪+ベルボトムのジーンズが「普通」ですから、ここに集ったイギリスの革ジャンのロッカーやテディ・ボーイ達は、かなり特異な風貌、ファッションだったと言えます。

日本のキャロルが革ジャン&リーゼント(長髪オールバック?)でレコードデビューするのは、1972年の末ですし、未だ映画「アメリカン・グラフィティ」は製作もされてませんし、本国アメリカでは人気に恵まれませんでしたが、日本とイギリスでは抜群の人気を誇っていた、黒のレザーのジャンプスーツ姿のスージー・クアトロがブレイクするのは1973年、、、。

よって1972年という年にロンドンで開催された、このR&R(R&B)リバイバルイベントと、そこに集ってたローラー、テディボーイというのは、かーなり当時はコアな存在だったと言えます(アメリカのシャナナと同じぐらい)。



時代的に、のちにセックス・ピストルズにお店の服を着せた事で有名になるビビアン・ウエストウッド、マルコム・マクラーレンがブティック「レット・イット・ロック」(LET IT ROCK)を「Too Fast to Live, Too Young to Die」に変えたのがこの時期なので、この地にいる当時は異質、異端の風貌だったローラー、テディボーイ達は、おそらくビビアン・ウエストウッド、マルコム・マクラーレンのお店の「お客さん」たちでしょうね。

で、この「Too Fast to Live, Too Young to Die」にピンと来た方、素敵です。

新宿伊勢丹傍で「怪人20面相」という日本初の!オールディーズ、R&Rバーを「発明」し開店させ、その後原宿に移り、キング・コング、シンガポールナイト、クリームソーダー等を成功させたピンクドラゴンの故山崎眞行氏が、お店に掲げていた言葉が、この「Too Fast to Live, Too Young to Die」でしたから。





posted by 麻呂 at 01:24| 映画 映画音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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