2016年03月15日

ロカビリーブームからの芸歴で、今もテレビは勿論、全国のケントスチェーンでも歌われ活躍されてる尾藤イサオ氏の凄さ!









東京オリンピックの1964年、ジ・アニマルズの「悲しき願い」を日本語カヴァーし大ヒットさせ、一般的に知られるようになった尾藤イサオ氏ですが、既にそれ以前のロカビリーブームから、エルビス・プレスリーやリトル・リチャードのカバー等を歌って人気者だったそうです(流石に当サイト運営者も、その頃は幼少すぎリアルタイムは存じませんが)。

尾藤イサオ氏の当時のサポートバンドは、この後グループサウンズブームで一時代を築いたブルーコメッツで、そのブルーコメッツとブルージーンズを演奏陣にした「ロック、サーフィン、ホットロッド」というアルバムも、同じく1964年に内田裕也氏と発表。このアルバムはコアなオールディーズファンには、かなり人気ですね。



更に1966年のザ・ビートルズ来日公演でも尾藤イサオ氏はオープニングアクトを勤める一人に加わっており、まあ、これだけでもかなり歴史的な方なわけですが、グループサウンズブームの頃はピンの歌手+バックバンドという組み合わせは流行らず、例えフロントのシンガーがアイドル人気でもバンドとして大衆は注目していたので、尾藤イサオ氏はソロ歌手でしたし、加山雄三氏もしかりでしたが既にグループサウンズブームの頃はアイドルという年齢でもなかったし、又、長年サポートしていたブルーコメッツがソロ活動を開始、人気バンドになった事もあり、尾藤イサオ氏はやや影が薄くなりましたが、、、

グループサウンズブームも終焉に向かい出した1969年、テレビ放映された「あしたのジョー」の主題歌を唄い、おそらくロカビリー歌手時代や、「悲しき願い」のヒットを知らない層には、尾藤イサオ氏の代表曲と言えば、まず浮かぶのがこちら「あしたのジョー」だろうと思うほど、見事な人気復活になったわけで、その後は俳優としてもご活躍になり、歌番組のゲスト等でもよく出演されているので、詳しくはなくても尾藤イサオ氏は老若男女、とても顔と名前を知られた方なのであります。







posted by 麻呂 at 07:48| 和製ポップスヒット 原曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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