2017年03月02日

かまやつひろし氏他界 1970年、ザ・スパイダースが最後に発表したアルバム名は「ロックンロール・ルネッサンス」。









元ザ・スパイダースのかまやつひろし氏がお亡くなりになりました。享年78才、心よりご冥福をお祈りいたします。

グループサウンズブームが急速に終焉し、ザ・スパイダースも解散する事になった1970年。ザ・スパイダースが最後に発表したアルバム名は「ロックンロール・ルネッサンス」。

今やオールディーズ、R&R、50'ファンには定番となってる「 ロック・アラウンド・ザ・クロック」や、チャック・ベリーの「キャロル~ロール・オーヴァー・ベートーベン」、リトル・リチャード、エルヴィス・プレスリー等のカヴァーを中心にしたアルバムで、キャロルがファーストアルバムのB面でR&Rのカヴァーを集め発表したのが1973年の春でしたから、それより3年前に、こんなアルバムを最後に解散したザ・スパイダース、今更ながら、オールディーズ、R&R、50'ファンは再評価した方が良いでしょうね〜。

リアルタイム、グループサウンズブームの終焉の仕方は異常とも思えるソレだったので、このザ・スパイダースのラストアルバム、知ってる方殆どいないですから(汗)。

ちなみにグループサウンズブーム期のザ・スパイダースのシングル「黒ゆりの詩」のB面にも、「ロックンロール・ボーイ」という素晴らしい和製オリジナルロックンロールナンバーが収録されており、「バンバン」や「フリフリ」は、わりと有名ですが、こちら「ロックンロール・ボーイ」は御本人達も解散後、歌番組で歌う事がないので、認知度の低い曲ですが、和製オリジナルロックンロールの名曲です。




posted by 麻呂 at 09:12| 和製R&Rリバイバル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月12日

スキータ・デイヴィスがヒットさせた「この世の果てまで」(The End of the World) の、ジュリー・ロンドンヴァージョン









1963年に、かの!チェット・アトキンスがプロデュースしたそうな、スキータ・デイヴィスがヒットさせた「この世の果てまで」(The End of the World) 。こちらは当時、日本で人気の高かったジュリー・ロンドンのヴァージョン。

当サイト運営者が幼少の頃、TVでよーく日本の歌手、この曲を歌ってましたが、ジュリー・ロンドンは1964年の東京オリンピック開催の年に来日しており、TV出演もしていたので、よってスキータ・デイヴィスより彼女のヴァージョンが当時の日本では人気だったよう。

ジュリー・ロンドンは、日本でも人気番組だったアメリカの「ルート66」のテーマ曲を作ったジャズピアニストのボビー・トゥループの奥様で、そのスモーキーボイスと言われる歌唱は、日本の当時のジャズ、ポップスファンに人気でした。

まあ、当サイトでも再三再四触れておりますが、映画「アメリカン・グラフィティ」同様、アメリカでも日本でもその後の「オールディーズ」というジャンルを1970年代初頭に決定的にした、カーペンターズのアルバム「ナウアンドゼン」のB面に「この世の果てまで」(The End of the World) は収録されていたので、カーペンターズで知った方も多いと思われますし、又、日本の竹内まりやさんも自身のアルバムでカヴァーしてますので、そちらで知った方も多いかもですね。



posted by 麻呂 at 08:52| アメリカンポップス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月06日

「タミー」のデビー・レイノルズは、娘のキャリー・フィッシャーが死んだ翌日この世を去った







2016年12月27日に映画「スターウォーズ」のレイア姫役で有名な、キャリー・フィッシャーが急死したのはニュースになりましたが、その翌日、彼女のママのデビー・レイノルズが脳梗塞で亡くなったのは、あまりニュースにならなかったですね。

オールディーズ、50'sファンにはお馴染み「タミー」↑は、若き日のデビー・レイノルズが放った大ヒット曲でした(全米チャート5週連続1位)。

 ちなみに日本でも、オールディーズ、50'というジャンルをその後、確実なものにした映画「アメリカン・グラフィティ」の監督、ジョージ・ルーカスは劇中にこちらの大ヒット曲「タミー」を使わなかったですが、結局、当初は映画会社に不評だったらしい「アメリカン・グラフィティ」の大ヒットによって、ルーカスは次の「スター・ウォーズ」を撮れ、そこでデビー・レイノルズの娘であるキャリー・フィッシャーをレイヤ姫に起用し、映画も彼女も大人気になったのですから、このへんK-UNITバンマス、色々思うところがりますねー。

 「スター・ウォーズ」のヒットがなかったら、あの「エイリアン」制作はなかったでしょうし。

時代ですね。70年代はそんな時代でした。 

ちなみにキャリー・フィッシャーが原作、脚本を手がけた自伝的映画「ハリウッドに口ずけ」の監督は、あのアメリカンニューシネマの金字塔「卒業」のマイク・ニコルズで、勿論「卒業」の挿入歌はサイモンとガーファンクルで、そのポール・サイモンとキャリー・フィッシャーは一時結婚してたのは、ファンの人には有名ですね。

というわけで最後に、キャリー・フィッシャーも出演していた名探偵ポアロ映画「死海殺人事件」↓。

 



posted by 麻呂 at 06:07| アメリカンポップス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
ぴかぴか(新しい)こちらもおススメでするんるん